167夜/クロスとアレンの面会の後について捏造
こつん。
靴音がひとつ、響く。無機質とも言える冷たさをもって、残響が暗く長い廊下の先へ溶けていく。
革張りの白い靴は、いつもは黒い厚底のブーツに隠されている彼の足を一層細く見せた。その足首が、しなやかに続く甲や爪先が、弱い照明を受けて細い輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
痩せたな、と思う。江戸から帰還して以来、食事の量は変わらない(むしろ中国まで旅をしていた時より増えているはずだ)のに、ひとまわり細くなったような、そんな気がしていた。或いはやつれたといった方が正しいのかもしれなかった。もしかしたら吐いているのかもしれない、そう考えれば合点はいくが、彼の場合それはないだろうと頭の中ですぐに打ち消した。大食は彼の持つイノセンスの特性によるものであったし、何より彼は今日だって目の前の料理をあんなに美味しそうに食べていたのだから。
こつん、またひとつ、彼がゆっくりと歩を進めた。ごつ、鈍い靴音と共にその一歩後ろをついていく。
彼は一言も発さない。自分も何を言って良いか分からなかった。こんな、声をかけてやりたい、そんな時に限って、生きてきた分だけ蓄積したはずの情報は何一つ役に立たなかった。知識も、語彙も。
「……ラビ、」
ようやく発された声は、掠れていた。かぶったフード越しに鼓膜が拾ったその音は、そのまま霧散するのではないかと思ったほどに小さかった。顔を上げれば、露わになった肩口から見える左腕の色彩に思考を引き戻される。
響く靴音は消えていた。着替えを用意された客室の手前で、彼はじっとドアノブにかけた右手を見つめている。
「僕は、」
…早く、そのドアノブを捻ればいいと、思った。左腕に巻きつけられた拘束具を、彼の背中から睨みつけた。いつものように抱きしめてやりたかった。今ならジジィもいない、あの監査官もいない。抱きしめて、キスをして、お前は愛されているということを分からせてやりたかった。お前の生に意義を与えたというその存在すらお前を裏切るというなら、誰もいないというのなら、俺の手、で。
ポケットに突っ込んでいた右手を出して、彼の髪に触れた。そのまま、わしわしと乱暴に撫でつける。出会った頃、よくそうしていたなと思い出しながら。先の面会で叩き付けられた混乱と絶望と、驚きと戸惑いと、色んなものがない交ぜになったような言いようのない顔をして彼はこちらに振り向いた。いっそ泣けば良かったのに。愚かにもそう思いながら、乱した髪をもう一度梳いてやる。
「…ここで、待ってっから。早く、着替えて来るさ」
はら、と指先から白い髪がこぼれ落ちていった。一寸の間をおいて、はい、と眉尻を下げて笑う。いつもの、悟ったような、諦めたような、顔で。蝶番の軋む音はどこか遠くで聞こえたようだった。ばたん、重苦しい音が廊下にこだまして、糸が切れたように俺はその場にしゃがみ込んだ。
(……あほか、俺は)
触れたら、それこそ終わりだと思ったのだ。
止められる自信など、なかった。
i s o l a t e