(アレンと神田)
ぜぇ、と、器官を這うような音を立てて息を吐き出した。乾いた気道にべっとりと何かが張り付いたように気持ちが悪い。いくら喉を広げても酸素をうまく取り込めなかった。身体が重い、思ったそばから右の脇腹に熱いぬめりを覚えて顔をしかめた。
(…いた、い)
自覚した途端に一気に痛覚が押し寄せる。鼓動に合わせて脇腹から血液と共に体力も流れ出ていくような感覚に襲われた。生を刻む証の筈の音が死への扉を叩く音のようで酷く煩わしかった。ひしめき合う建物の陰で座り込んだまま動くことも出来ずに、またひとつ息を吐く。
「…大丈夫、ですか、」
呼吸のついでに出したような掠れた声しか出なかった。少し離れた所で同僚が肩で息をしているのを横目で確認する。ああ、まだ生きている、僕も彼も。安堵して、再び呼気を吐き出した。先のアクマは彼が破壊したのだろうか、少なくとも自分の武器に手応えはなかったが近辺からは既にその気配は途絶えていた。彼の手に握られた刀が鈍い色にまみれているのを視界の端に捉える。
「…いい、」
放っておけ、投げ捨てるように呟いて彼は顔を背けた。長く黒い髪が顔に垂れて薄く影を作っている。いつもながら彼の所作は容姿に酷く不似合いだと、ぼんやりと思う。
(…すぐ、治ると?)
彼の左肩を見やり、以前の任務で酷い怪我を負った彼を近くの街の病院へ押し込んだ時のことを思い出す。医者が全治五か月と言い切った病室を三日で後にした彼の身体に一体何が起きていたのかは自分には分からない、彼も話そうとはしない。ただ本当に怪我は治ったらしいというだけのこと、そして同じ現象はその後も度々起きているようだった。――もし、彼の細胞が摂理に反した再生をするのだとしたら、それはまるで。
(……そんな筈はないのに、少なくとも彼にとっては)
身の内に募った言葉が喉元までせり上がるのを感じながら、けれども自分の喉は苦しそうな音をまた一つ吐き出しただけだった。一体彼は何の為に生かされているというのか、仮に自分がその答えを知った所で――そう考えた所で言い様のない倦怠感に襲われて思考を中断する。望まない答えが返るくらいならば知らないままで良いと、欲求に反して湧いた感情に瞼を伏せるしかなかった。
空は仄暗く、ちらちらと小さな白を降らせていた。闇の時間は近い。纏った服の色が徐々に世界と溶けていくのを思いながら力無く上を見上げて、また一つ分の息を肺から吐き出す。それは急速に温度を失って白く揺らぎ、やがてつめたい世界へと姿を消した。

白くつぶれる喉

(2006.07) [ × ]